企業研究者としてロールtoロール生産技術(特にウェブハンドリング)の研究開発、および生産工場への技術支援を経験した際に感じたことを紹介します。
ウェブハンドリング理論で世界的権威として知られる東海大学の故・橋本巨 名誉教授のもとで8年間巻取理論を研究しました。この過程でその本質を納得して理解できたことが、さまざまな生産現場への技術支援に大いに役立っています。
橋本先生との共同研究をスタートしたのが入社2年目、その研究テーマは「プラスチックフィルムの巻取理論」でした。はじめての指導は、巻取理論で最も有名なHakiel氏の論文1)を完全にトレースすることでした。単純化して理論化する仮定と理論式を導出する過程の理解、数値計算プログラムの自作が求められました。その時、橋本先生から「理論式を差分化すれば…」と助言いただき、「差分化とは何ですか?」と質問したところ、「そんな基本的なこともわからないのか。」と呆れられました。今となれば恥ずかしい思い出です。
その後、Hakielモデルをベースに巻き込み空気や温度変化などの影響を考慮した修正モデルも同じように取り組み、4年ほどかかりました。数値計算に必要なウェブ物性の評価や検証実験における計測技術の高度化についても橋本研究室の学生と一緒に考え抜きました。この期間、会社への利益貢献はほとんどなかったと記憶しています。
ウェブハンドリングが重要になってくると考えてテーマを設定した上司はどのように考えていたのでしょうか。おそらく図のような想定ではないかと推測しています。生産現場の技術レベルがベテラン技術者の引退にともなって徐々に低下していくことを懸念し、若い担当者に任せた。短期目線では会社の期待には応えられないが、いつか、会社の期待も生産現場の技術レベルも超えてくれると期待し、研究テーマをサポートし続けてくれたと想像しています。担当者としては感謝しかありません。
徐々に技術レベルが上がってくると、生産現場とともに巻取トラブルに対応する機会が増えてきました。もちろん完璧とはいいがたいですが、許容されるまでに改善した実績を積むこともできました。その時にわかったことは、勝率は同じであるが、「1勝1敗」と「1敗1勝」に大きな違いがあることです。はじめての生産現場(=初戦)で、まず期待に沿った結果を出すこと(=1勝)、これに価値がありました。その後も何かしら別のトラブルが発生すると頼られるようになりました(=2回戦)。その一方、初戦で1敗すると信頼が得られず、その現場での2回戦目のチャンスが限られます。はじめての現場では先勝にこだわるようになりました。
理論研究の方では、既存の修正モデルでは表現できない実験データがいくつか得られ、これと同時期に東海大学大学院の博士課程(社会人ドクターコース)に入学しました。その後、修了までに3つの新しい修正モデル2,3,4)を発表しました。この期間は、対象現象を具体的にイメージし、これをどのような仮定を設定して理論式と数値計算で表現するかに頭を悩ませました。材料力学やトライボロジー、流体力学、伝熱工学、レオロジー、計算力学など、さまざまな学問を“巻取”の視点から学びなおした結果、「ロール品質やトラブルに対する理論的な解釈」ができるようになっていきました。その反面、「理論だけでの改善活動は危険」であることもわかった。理論化の仮定によって排除されている生産現場での不安定な要素がトラブルを誘発するケースが少なくないためです。
以上のような経験が、㈱KANDAでの技術サポートの源泉になっています。
参考文献
- Hakiel, Z., “Nonlinear Model for Wound Roll Stress,” TAPPI Journal, Vol. 70, No. 5, (1987), pp. 113-117
- 神田敏満, 朱峰承興, 橋本巨, “端部からの空気流出を考慮した巻取りロールの内部応力解析,” 日本機械学会論文集C 編, Vol. 76, No. 772, (2010), pp. 3736-3743.
- 神田敏満, 橋本巨, “巻き込み空気が熱伝導に及ぼす影響を考慮した巻取りロールの非定常熱応力モデルに関する検討,” 日本機械学会論文集C 編, Vol. 77, No. 780, (2011), pp. 3161-3174.
- 神田敏満, 橋本巨, “プラスチックフィルムの粘弾性特性を考慮した巻取りロール内部の熱応力解析 (第2 報,熱粘弾性モデルとその実験検証),” 日本機械学会論文集C 編, Vol. 77, No. 783, (2011), pp. 4239-4253.
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