ウェブハンドリング理論で世界的権威として知られる東海大学の故・橋本巨名誉教授が執筆された書籍の序文を一部引用して紹介する。10年以上前に執筆されたものであるが、今でも技術者の心に響くものがある。
「ウェブハンドリングの基礎理論と応用」より
ウェブの製造技術は、原反に高い価値を付与するための基本であるコーティング、ラミネート、プリンティングなどのコンバーティング技術と、原反を搬送・処理して最終的に高品質の製品に仕上げるための基本技術であるウェブハンドリング技術によって支えられており、これらはいわば車の両輪の役割を果たしている。
このうちコーティング技術は既に代表的先端技術として今日不動の位置にあり、物理学者や科学者の関心も高く、学術的にも目覚ましい発展を遂げてきている。
これに対してウェブハンドリング技術は、従来、生産現場の経験の積み重ねにより練り上げられたもので、技術自体は相当高度なレベルにあり、特に我が国の技術の中には世界最高の位置を占めるものも少なくないが、総じて学術的なバックグラウンドに乏しいのが現状である。
今後、さらに大きな成長が期待されるウェブ製造分野では、コーティング技術の進歩に見合うだけの高度なウェブハンドリング技術が要求されるが、残念ながら、そのような技術の進展の鍵は経験をベースとした従来技術の延長線上には見いだせない可能性が高い。
そこには従来の経験にもとづく豊富な知識に加え、はるか先にある未経験の現象を見通せるだけの強固な理論体系に根差した学術的な取り組みが必要不可欠と考えられる。
「入門ウェブハンドリング」より
日本の科学技術力は未だ世界トップクラスの位置にあることには変わりなく、“今後とも不断の努力を怠ることさえなければ”、そう簡単に衰退などしないのだということは断言できる。要するに、「ウサギとカメ」の故事をゆめゆめ忘れぬことが肝心であろう。
高機能フィルムを対象としたウェブハンドリング技術における日本の位置づけが、真に上に述べた事柄そのものに該当している。
日本のお家芸として将来にわたって不動の地位を占めるものである。ただし、そのためには、今後、この技術を発展・展開させる原動力となる若手・中堅技術者の継続的な教育・育成が必要不可欠である。
考え思うこと
ウェブに新たな価値を与えるのがコンバーティング技術、それを支える基盤技術がウェブハンドリング技術という位置づけである。身近な生活に置き換えれば、前者は住宅・家電・自動車といった生活の質を高めるもの、後者はエネルギー・交通・通信といったライフライン。日本のウェブハンドリング技術が世界トップレベルにあることは喜ばしいものの、将来にわたって維持する上での課題も浮き彫りにしている。この解決には「理論的な取り組み」と「若手・中堅技術者への教育・育成」が重要であると。
ベテラン技術者の方々から生産現場の話を伺っていると、異口同音に次のような過去と現在の話をされる。一昔前は現場にいる人が一体となって試行錯誤・議論して解決の糸口を見いだし、何とか成功に辿り着くという経験が多かった。その後、経験豊富な技術者が充実してきたのに加え、高度化した製造装置によって少人数で安定生産できるようになってきた。その反面、若手に経験知を伝承する機会が少なくなってきた。ベテラン技術者が引退していった先の“現場力の低下”を危惧している、といった内容である。
ウェブ製品の高機能化・高品質化が進んでいけば、その実現可否は現場力しだい、という状況になりえるだろう。現場力に磨きをかけることを怠ると、磨きをかけ続けた相手との競争力の差が徐々に拡大していくかもしれない。橋本先生はこのような議論を共同研究先など多くの企業とも交わし、結論付けた考えを書籍の序文に記したと想像する。
参考書籍
関連ページ
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ウェブハンドリングでの課題解決の糸口と人材育成の動向
ある技術者の成長ストーリー